原口元気の涙がでるほどいい話:難病の少年と豪州戦のゴールを約束

サッカー日本代表FWの

原口元気選手(26)が

残念ながらドローに終わった

ロシアワールドカップ最終予選の

イラク戦を終えて

イランから帰国したのは6月14日でした。

そして翌日の6月15日は、

東京の日大板橋病院に、

難病の心臓病と闘っている

原口元気選手の大ファンである

難病の少年菊地秋也くん(11)の

お見舞いに訪れました。

菊地秋也くんは、

拘束型心筋症という原因不明の心臓の難病です。

拘束型心筋症とは
  • 心室の壁が硬くなり十分に膨らむことが出来なくなる
  • 突然死のリスクもある難病です。
  • 秋也くんは小学校1年生の時、心電図検査で見つかりました。
  • 治療方法は、心臓移植しか方法はありません。
  • 米国での心臓移植手術には渡航費、滞在治療費など1億2700万円が必要です。
  • 「秋也くんを救う会」を中心とpして募金活動が行われており、  6月15日時点で約9,000万円が集まっています。

最終予選・海外遠征での疲れがあるにもかかわらず

難病の少年へお見舞いに訪れた

原口元気選手のWIKIとプレースタイルを紹介します。

秋也君がファンになった

原口元気選手の人気理由が

わかるかもしれません。

⚽ 原口元気:WIKIとサッカー歴・問題行動

  • 名前   :原口元気
  • 生年月日 :1991年5月9日(現在26歳)
  • 出身地  :埼玉県熊谷市
  • 妻    :2015年香屋ルリコとの結婚を発表。

サッカー履歴

  • 江南南サッカー少年団
  • 2003年の全日本少年サッカー大会で優勝に貢献
  • 中学進学と共に浦和レッズジュニアユースに所属
  • その後飛び級でユースに昇格しました。

浦和レッズ

  • 2008年トップ登録されます。
  • 2009年17歳のときに浦和レッズとプロ契約を締結                 (日本人クラブ最年少記録)
  • 同年クラブ日本人最年少ゴール(17歳11ヶ月)
  • 推定年棒700万円
  • 浦和レッズで2009年から2014年まで所属

浦和レッズ時代の原口選手問題行動

年・相手 内    容
柏木陽介のブログで「生意気小僧」 試合内容や采配、プレーに納得できない場合など     感情を爆発させ人目に関係なく憤激を露わにし      度々争いを生じさせる問題の多い性格であった。

2009年

エジミウソン

練習中にと小競り合いを起こすが、練習後和解する。

2011年

チームメート

岡本拓也

喧嘩になり、コーチ陣の制止を振り切って倒れていた岡本の左肩を蹴って左肩関節脱臼の怪我を負わせる。

翌日にクラブからけん責及び1週間の謹慎処分が下された。

2011年

監督

ミハイロ・ペトロヴィッチ

前半27分の交代直後、監督に詰め寄る。

チームメイトになだめられたが、試合後サポーターへの挨拶の場に出向かず帰宅。                 翌日、練習場にてチームメイトら全員の前で謝罪

2013年

監督

練習中のミニゲームで監督の采配に不満を示しクーラーボックスを右足で蹴り上げ、直後に練習が中止。

遠征メンバーから外れる処分を受ける

ペトロヴィッチ監督は

「原口はまだ若い選手です。                            我々が若い選手をつぶしてしまうのは簡単ですが、                   若い選手に間違いがあったとしても、                         我々はその間違いを正してあげたいと思います」

と暖かい言葉を向けています。

  • 浦和レッズに槙野智章が移籍してから、自ら原口の教育係を買って出る。
  • 最初の頑なな態度も槙野が接する内に原口自身の口から               自分の考えや思いが語られるようになるなど、穏やかな性格に変わっていく。
  • 槙野と原口は、合宿などで相部屋になることも多かった。
  • 原口がヘルタへ移籍する前の浦和での最後の試合で、                原口のフリーキックのこぼれ球を槙野が押し込み得点した後、            槙野はユニフォームを脱ぎ                           「浦和→ドイツ=ロシアW杯 バイバイ泣き虫ゲンキ!!元気!!」           と書かれたアンダーウェアをテレビの前で披露した。

ヘルタ・ベルリン

  • 2014年 ドイツブンデスリーガの                       「ヘルタ・ベルリン」に完全遺跡
  • 移籍期間は2014年から4か年
  • 通算得点はまだ4点、更なる活躍が求められている。

けっこうな問題児であったのですが、

周囲の人の愛情や、ドイツに単身移籍、結婚したことなどで

原口元気選手の人間性が高まった要因だと思います。

⚽ 原口元気:難病の少年に涙のゴールを約束

見舞いに訪れた原口元気選手へ

秋也君は

「来る8月31日の最終予選豪州(オーストラリア)戦

でのゴールをリクエストしました。」

秋也くんから

「オーストラリア戦頑張って、10点決めてください」

とお願いされたのです。

「10点は無理だけど、1点決めるね。」

あふれる思いが涙となってこぼれた。

涙がでるほどいい話ですね。

公式戦では、今まで一度も豪州に勝利していない日本。

勝利すればイラク戦のドローで

最終予選突破に黄信号が点滅している日本を

文句なく6大会連続6度目のW杯出場に

導くことになります。

酸素吸入器を鼻につけ、

腕に点滴を受けている秋也くんへの

一番のプレゼントは、得点と勝利であることを

原口元気選手もわかりすぎるほど

わかっていたのでしょう。

涙をこらえることができなかったのです。

面会中、秋也くんに「原口元気選手のどこが好き?」

と尋ねるとすかさず

「最後まで、諦めずにボールを

追いかけるところが好き」と伝えられた。

やはり、ファンは

手を抜かずに最後まであきらめない選手の姿を

見ているんですね。

原口元気選手は、秋也君に

サイン入りのスパイクとボールをプレゼントしました。

秋也くんは「ケガをしないで頑張ってください!」と。

原口元気選手

「早くよくなって一緒にサッカーをやろう」

と色紙に書いたのです。

病室での面会が終わると原口元気選手は、

「彼と約束しました・・・約束を果たしたい」

原口元気選手は、

感情の高ぶりから言葉を詰まらせるのでした。

秋也くんの父、陽介さん(43)は、

原口元気選手が1点を決めて、

W杯出場を決めてくれることが

秋也にとって一番の薬になります」

と頭を下げるのでした。

⚽ まとめ

原口元気選手の最終予選での活躍は、

昨年9月のタイ戦から日本代表では初めてとなる

4戦連発でゴールを決めたことです。

しかし、ここ3試合は無得点が続いていました。

秋也くんとグータッチして病院を後にした時、

「頑張れ、諦めるなと言葉をかけても、

秋也は十分頑張っています。」

「これ以上頑張れというより、

一緒にサッカーをする」

という約束の方が

より治りたいという気持ちが強くなると思った。

どうか病気に負けないでほしい」

秋也君とかわした心を込めた約束を胸に、

強敵オーストラリアに挑む原口元気選手でした。

その後ろ姿には、浦和レッズに時代に柏木陽介選手から

「生意気小僧」と呼ばれ、

多くのチームメイトと衝突して

「Jリーグの問題児」といわれていた姿を

見ることはできませんでした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

記事が価値あるものだと思われたら、

関連記事も読んでいただければありがたいです。

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